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Liner Notes

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狂人と化してしまった。

 

他人事として流したり見て見ぬふりで通り過ぎず全てを受け止めてどうにかしてやるという底知れぬ気概がずっとあった。そのエネルギーは当たり前に一生は続かない。誰しも分かっていたこと。

怒りに取り憑かれ疲弊し尽くした心が天国に辿り着くまでを見届けてからというもの、いつのまにか居なくなってしまった。 

 

マスタリングが終わった直後にカワノが視聴用URLを送ってきてくれてすぐさま聴いた。2023年の9月だか10月の蒸し暑い夜、なんとなく外に出てコンビニでビール買って散歩しながら聴いた覚えがある。想像を絶する歪さと重すぎるドス黒さにどっと疲れて家に帰ってそのまま床で寝た。

リリースされてツアー初日の長野 松本、音源よりも遥かに張り詰めた異様な空気。でも意外と綺麗な曲も多いなという印象もあった。

次に見たのは野音。今まで感じた黒く重い感触は全て日比谷の空に吹き飛ばされていく。"世界/WORLD"が世に出てからはライブで一切演奏されることのなかったそれ以前の曲たちも、今作の曲たちもどれも皆同じ形を成していた。東京の夏の夜と空の下が嘘みたいに似合っていたのが妙に印象的。歪さ故に受け止め方が分からなかった"光倶楽部"、"注射じゃ治せない"、"豚"はパンクやハードコアを通り越してもはやサイケデリック的な要素も感じられて、ツアーを回り削ぎ落とされ残ったコアの部分がようやく見えてきた。"天国"が演奏される頃にはとっくに陽は落ちていたというのに真っ白の光の中に引き込まれていた。CRYAMYらしからぬ穏やかで綺麗な時間の流れだったのが今も不思議でしょうがない。 

 

ようやく身体に染み込みきってからというもの、”世界/WORLD”を聴く日々が今も続いてる。

ドス黒く重いとは変わらず感じるけれど、内訳がまるで違う。とにかく音が良い。スティーヴ・アルビニがCRYAMYのアルバムを録る世界線があるなんて思ってもいなかった。iPhoneのスピーカー、自宅のプレイヤー、車のオーディオ、どの環境で再生してみてもサイズ感はまるで同じで目の前でやっているかのような生々しさ。弦にピックが擦れる様やシンバルが大きく振幅してからゆっくり止まっていくまでの動きがやけにリアルに見える。嘘が何一つない。

歪でありながらも綺麗だと感じられる作品は再生している間、心のざらざらした部分を丁寧にやすりがけてくれて最後の曲が終わった頃には1日を終えて風呂に入った後のようなスッキリとした気持ちにさせてくれる。

 

10代特有の陰鬱さにやられて地獄の毎日を送っていた時に救いを求めて聴き続けていたsyrup16gのHELL-SEEやthe blondie plastic wagonのGIFTも思えば歪でドス黒く重たいものだった。どれだけ順風満帆な日々を送ることができている人でも生活の中で瞬間的であれど他者に対する悲しみや怒りを嫌でも知り堪えてしまうことがあるに違いない。そういった抱えきれないどうしようもなさを痛い程に抱きしめてくれた と思えば強すぎる力で突き放してくるバンドがCRYAMYだった。

でも”世界/WORLD”は違った。もう立っているだけでも奇跡なのに空っぽになった心と両腕でずっと守って、抱きしめてくれるような作品に今は聴こえる。狂人と化した彼らが人の心を取り戻すまでの軌跡でしかない。

儚いという言葉では言い切れないアーカイブがここにはある。現代風刺でありながらも優しすぎる無償の愛。

 

天国も地獄も実は似たようなものなのかもしれない。

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(筆者)

​大島 旭(Hue's / Gt)

大阪府を拠点に活動するロックバンド「Hue's」でギターを担う。​

6/4、New Album"RAYDIANCE"リリース、

東京・大阪にてレコ発ライブを開催。

2018年、最初期のライブで共演して以来、

CRYAMYとは良き友人であり、

共に活躍してきた信頼する仲間。

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