CRYAMYとわたし
"彼にとっての"
2027年1月16日、渋谷公会堂で一度歌うことにしました。
まず、このようなことになってしまったのをとても恥ずかしく思っている。
一度約束したことはずっと守らなくてはいけないことはわかっているが、
破ることになってしまった。
前言を覆すだけの正当な理由や、
自分も他人も納得させられるだけの言い訳があれば良かったのかもしれないが、
それも思いつかなかった。
引き際を見誤らず潔くいなくなって二度と表に出たくはなかったけど、
思ったようにいかなかった。
当時自分は強い決心をもって多くの人と道を分ち音楽をやめることを決めました。
しかし、結局こうして思うように行かずに、
また表に出てくるしかなくなったことに、いまだにすごく動揺してます。
だからこそ、自分がこうして戻ることと、当日行うライブに関して、
今までになく深刻に捉えています。
ステージに出てきたら大成功とか、そこに立ってるだけで十分とか、
申し訳ないけどそういうムードでは全くいて欲しくないと思います。
良いものが見せられないなら意味がありません。
どうか、かつてのように集中力をたやさずにちゃんと見ていてほしい。
俺たちもちゃんとやるから。
もし足を運んでもらえるなら、
みんなが欲しいものや求めるものを伝えにきて欲しいと思うし、
それにしっかりと答えが出せるように全員でしっかりと準備をして待ちます。
そして、
この文章も一ヶ月近く悩みながら、
少しずつ書き進めては消してを繰り返して書き上げました。
最初の発表に間に合わせることができず、
自分の言葉が出るのが遅くなってしまったことは本当にごめんなさい。
まず矢面に立つべきは自分であるべきだったし、
最初にみなさんに直接話をするべきは、
メンバーの三人でもなく、スタッフたちでもなく、自分であるべきでした。
お詫びします。
言うべきことは他にもたくさんあるのかもしれないですが、
最後はありきたりな硬い文章ではなくて、当時の自分らしく、
頭に浮かぶ特に大切な人たちに対してのあくまで私信として、
それぞれ言葉を送って所信表明の締めくくりとさせていただきたいと思います。
それにあたる皆さん、この後も続きますが、よければお時間ください。
以上、ご一読感謝致します。
CRYAMYとしてのカワノへ。
これからもっと勇気を出さなくてはならないよ。
実際のところは、情けない話だが、
当時自分が下した決断と今になって自分が下した決断の、
どちらともの是非を繰り返し問うている。
過去を悔やんだり、先のことを思って鬱屈したり、
ひたすら自分にがっかりして落ち込んだりすることもある。
とても悪いことをしている気分になることもある。
でも、どんなに思い悩んでもこの日のステージに立つことは決定している。
取り返しのつかないことをしたのに、
またそれをやろうとしているということは間違っているだろう。
それを自覚していてなおやろうとするのは当然非常に難しいことになるだろう。
決して強い人間ではない。だからとても恐ろしいし恥ずかしい。
だけれど、その感情を取り繕って居直ったり、反対に過剰に怯えたりしない。
そんな風に振る舞うほど弱い人間でもない。
ただ一切受け止めて、
ありふれた人間の一員としてステージにもう一度戻ってくる。
黎くん、大森くん、高橋くんへ。
本当に申し訳なかった。
俺がいなければ3人が豊かに使えるはずだった膨大な時間と、
このバンドを通して手に入れることができた生きがいのようなものを、
身勝手な俺が奪ってしまったと思う。
CRYAMYをもう一度やりたがっていたのは、実は分かっていたんだ。
わかっていて避けていた。
そして、3人が俺とは違って、
逃げずそこに留まる努力をしているのをずっと見ていた。
これまでに言ったひどい言葉や辛い思いをさせてしまった時間を、
おそらく全て覚えている。
そのどれもに、本当にごめん。
ほんの少ししかなかったけれど、
共に喜びあったことや讃えあったことももちろん覚えている。
そのどれもに、本当にありがとう。
あらかた使い果たしてしまったから、
使える時間や体力はあとほんの僅かかもしれないが、
4人の人生が交錯する余白がまた作れるかもしれないし、
そこで4人ができることがもしかしたらまだあるかもしれない。
どうなるかわからないが、試してみよう。
そして、これは偶然や幸運のおかげの奇跡ではなくて、
君たちが自分の力で用意した機会なので、胸を張って。
このバンドを組んで初めて、心から楽しんで。
あとのことは俺に任せておいて。
少し前に、
尊敬するミュージシャンはいるか、と聞かれたことがありました。
その時、俺は3人の名前をあげました。
バンドに携わる仲間たちへ。
メンバー3人とバンドを支えてくれたこと、
何度も説得するために足を運んでくれたこと、
自分を無理にでもここに連れてきてくれたこと、
ライブのために即座に再度集結してくれたことに感謝します。
懐かしむのはほどほどにして、
素晴らしい時間にするのに集中しよう。
特に、公演の最初のきっかけを作った古い友人と、
ツアーマネージャーには特段の感謝を。
当時バンドを応援してくれていたみなさんへ。
まずはこのようなことになってしまって本当に申し訳ない。
当時、皆さんはさまざまな思いがあった中で、
去っていく自分のことを静かに送り出してくれたのに、
それを踏み躙るような行為を働いているかもしれないことを許してほしい。
納得のいかない人間が多くいるのは想像できるけど、
その上でどんな言葉や態度も受け止めて、自分は当日を迎えます。
ただ、みなさんのお陰で、
CRYAMYは2024年6月16日まで生き延びることができて、
あの日を作れたから3人はバンドを守ってゆくという選択肢を、
心のどこかに残すことができたことはわかっていてください。
そして、何より誰よりも俺自身が、
今回の決断をするのにとても悩んだし苦しむことになったけど、
みなさんの一人一人が集って作られたフロアを思い出すことで、
改めて自分を奮い立たせているということも。
ともかく、あの時は本当にどうもありがとう、とだけ伝えさせてください。
そして、まだ縁がわずかでも残っていて、この日お付き合いいただけるなら、
それはとても幸せなことだと思います。
当時ライブで直接お会いすることがなかったみなさんへ。
バンドがしっかり動いていた時代を見せることが叶わなくてごめんなさい。
望んだ形ではないのかもしれないけど、
相対する機会がもしかしたらもらえるかもしれないことを有り難く思います。
そもそも俺はこう偉そうに言える立場ではなく、
今からみんなが並んでいるところに行って一番最後に並ぶことになります。
ですから、もし対面することが叶っても、
お互いに遅すぎることは何一つないはずです。
どうぞよろしくお願いします。
チケットが取れなかったたくさんの人へ。
こちらのチケットの用意が大きく足りないばかりに、
ライブに足を運ぶことが叶わない人が大勢いると聞き及んでいます。
そのせいでもう一度悲しい思いをさせてしまったのかもしれません。
申し訳ない。
当初はもう一度だけ集まって、大きな会場で長いライブをやるという計画でした。
運良く渋谷公会堂を使うことが叶って、多くの人の尽力があり、
期日のギリギリまで葛藤しましたが、
最終的に自分が首を縦に振ったことでこのライブが決定しました。
当時、ある時からCRYAMYはずっとそうだったのですが、
一つの作品ひとつのライブのたび、
先のことは考えずにこれが最後でも構わないという気持ちで臨んできたし、
無論このライブもこれっきりにするつもりで準備をしていました。
しかし、これを受けてどうすべきか、今もずっと頭を悩ませています。
そもそもバンドを放り出した俺が言えたことではないですが、
皆さんには何らかの形で埋め合わせはさせてください。
前向きな気持ちでさせて欲しいと思っています。
一方で、今確実なことを約束するのが難しいのも現実です。
もう一度ライブができるのか、当日の映像のリリースになるのか、
それはどうしてもわかりません。
でも、何らかできそうなことをもう少し探して頑張ってみます。
ですので、何かがあるとか、楽観せよ期待せよとはとても言えない状況ですが、
かといって過剰に落ち込みすぎず、もう少し俺たちに注目しておいてください。
一番は、運良く願い叶って全員が集まってくれる日を何より望んでいます。
ですが、仮に何か決まったとしても、
ここから賑やかなところに出て多くライブをしたり、
たくさんの街を回るツアーをするのは、
このバンドの力や立場では正直難しいです。
それに、俺は音楽が得意ではないので、
また新しい歌ができるのかというのもわからない。
ただ、現状これも願望でしかないんですが、
限られた機会になるでしょうけど、もし何かが実現することになれば、
それが素晴らしい時間になるように努力をするし、
自分たちのできる限りのことですごいことや大きなことをやるつもりでいます。
とにかく、こうして恥を偲んで戻ってきましたので、
どうなるのかわからないけど、どうにか機会を作って、
一人一人にしっかり納得してもらえる形で全部綺麗に終わらせます。
そのためにあと少しだけ、できる範囲で気張ります。
少しだけ我儘を言わせてもらえるなら、
当時は言ってもらえなかった言葉が近い将来で聞けたら嬉しいと思っています。
今度こそ「カワノ、CRYAMY、よくやった」と言っていただけるような日を、
いつかみなさんと共に作ることができたら今度こそ思い残すことがないです。
それは結構大変なことだろうけど、
今度こそ笑って見送ってもらえる瞬間を作れたらいいなと思っています。
この日フロアに集まるあなたへ。
かつてCRYAMYの楽曲は、
時間と力を費やして、
自分なりに世や人に触れて、願いや志を見つけて、
それを讃えることで作られ、培われ、歌われてきました。
それを使ってやりたかったことは、
自分の綺麗事や理想を現実で具体的にすること、確認することで、
それを使って人と会い、関わり合うということです。
可能な限り前進したい。
正直な気分や欲を隠さないでいたい。
音や声を使って面白いやつになりたい。
他人を信じたい。
自分を諦めたくない。
たとえここがひどい世界であっても、
物事を難しくしない強さと恥ずかしくない優しさで人と関わりたい。
願いを深刻にみつめて歌に変えて、目の前にいる人間に手渡すこと。
受け取った一人ひとりが自分の日々に帰り、
それぞれのあり様で生きる姿に真剣に眼差すこと。
その目に映った人の営みをこれからも愛すること。
そうやって自分は生きていけること、
他人に生きていてほしいと思えることが正しいと胸を張って言うこと。
今一度自分にそれができるだろうか、
自分はそうしても良いのだろうか。
自分に何度も問うて、
思い悩んだり落ち込んだりしながら当日を迎えることになると思う。
ただ、自分らしくない姿は早々に置いていって、
当日、俺は絶対に自分を取り戻して、
また皆さんと会えるところまで必ず戻ってくるつもりでいます。
自分は恥ずかしい人間だけれども、
今の自分の身の丈に合ったできる限りのやり方で、
また人に良い影響を与えられると信じてもいる。
演奏を聴いてもらった末にまた人に何か必ず残せると信じている。
それに、単純にまた人とまともに関わりたいと思っている。
その上で俺は多分、歌を歌って誰かを助けられる。
そして、ずいぶん時間をもらったけど、
またみんなに歌うことができるなら、不思議と力が湧いてきます。
最後まで読んでくれてどうもありがとう。
みんなに歌います。
そしてその歌はかつてと変わらず、
みんなの、君の、俺たちの歌なんだと思って、どうかそこにいて下さい。
お互いに、何が起こるか、どうなるか見てみよう。